
歩む道:導かれる坐禅 そっと歩きなさい。 大地はあなたの足もとで、忍耐強く在り続ける。 一歩ごとは問いであり、 一息ごとは答えである。 心が他者のつまずきを喜ぶとき、 それは自らの均衡を忘れている証。 賢者は他者の失敗によって高まるのではなく、 静けさによって昇る。 影を糧としてはならない。 しかし影にも役目があると知りなさい。 影は、目にするにはまだ厳しすぎるものを覆い隠し、 光に出る準備のない宝を守る。 その涼しさの中には、痛みも価値も潜む。 影を敬い、 しかしそれを食物とするな。 視線があまりに長く自分だけに留まると、 道は消えてしまう。 だが、歩く鏡というものもある。 自らの呼吸を持つ映り身もあれば、 そうでないものもある。 あなたの呼吸に合わせて動くことで、 あなたと同じだと思わせる影もある。 柔らかく見つめなさい。 どれが生き、どれがただ響きであるか、分かるだろう。 自分の目を覗き込んで、世界を見ることができるか? まず、世界を見るその「目」を見なさい。 知覚は真理そのものではなく、 真理が通り抜ける門である。 やさしく見つめれば、 世界もまたやわらいで、あなたに応える。 自分を執らずに受け入れなさい。 他者を裁かずに受け入れなさい。 心が計ることをやめたとき、 それは広々とし、 静かな均衡のうちに万物を抱く。 川の水は、岸があるから歌う。 自らの岸を大切に保ち、 他者の岸をも敬いなさい。 そのとき、すべての水は澄んで流れる。 理性は闇のなかの灯火であって、 夜明けそのものではない。 道を照らしはするが、 山そのものを示すわけではない。 論理が尽きたところから、 理解が始まる。 愛は自らを養う根である。 与えれば受け取り、 受け取れば与える。 そうしてすべての心は養われる。 徳を己に育てれば、ひとつに満ちる。 家に育てれば、あふれ出す。 村に育てれば、長く続く。 国に育てれば、栄える。 世界に育てれば、普く広がる。 そっと歩きなさい。 道は急がずして動き、 何ひとつ成し残すことはない。 器小心大

