なんてことないんだけど、と 乗り越えられる障へき。 見通しのよい道の目指す場所が 光輝いているとは限らない。 乗り越えられる障壁を乗り越える方法が あまりにも実例が多くて なんてことなくなっているのだろうね。 本人には苦しいのに あの人も乗り越えたし、 わりと簡単だと言われているし、 やってみれば簡単なこともわかっている。 障壁を乗り越えた道の先が 光り輝いているなんて最初から思っていない。 次の悲劇が待ち受けているなんて あり得るとは思うけど考えたくない。 新しい「しょうへき」が休む間もなくやってきて、 悩むよりも乗り越える方法を考え実行し、 消費するのは時間なのか、「いのち」なのか、 それは惑星の栄養にでもなっているのか。 寓話、乗り越えてきた人々、 本人は苦しくても本人にも過去になる その轍が「しょうへき」を乗り越える「かんわ剤」 もしくは「せんだつ」が刻んだ実用的なテクニック 同じ道をゆくものは、 アレンジして後ろを歩くものに 今度は与える側になる仕組みのことを 本人は決して意識していない。 「ぐうわ」、「たとえ話」に傷を癒やすのは、 もはやテクニックでもある。 意味を考え、わかりやすく「かいしゃく」し、 自分に当てはめてみる作業に対しても、 これが私だというところに落とし込む。 本人にとっては、 激しい向かい風に抗いながら 障壁を乗り越え進んでいくに 他ならないのだから。